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三蔵法師の話(7世紀のバーミアン)

7日記事のつづきですが、今日は「社会学カテゴリー」です。






7世紀前半、玄奘がインドに向かうとき、いまのアフガニスタンの北部バーミアンを通過しています。このときの記録(「大唐西域記」) には、バーミアンが仏教のさかんな国であった、と記されています。

いまの同地の石仏はこのころの遺跡です。

しかし約20年弱のインド遊学のあいだに、バーミアンはイスラム教によって勢力図が塗りかえられていました。玄奘はその詳細を記してはいませんが・・・。

玄奘が唐に帰国したのは、645年でした。日本では、聖徳太子が亡くなって15〜6年目のころです。日本史の記憶があればご存じのとおり、聖徳太子は仏教をもって国を治めようとしました。しかしほぼ同時期に仏教国がイスラム教国へと変貌を遂げていたのです。以後1400年ほど経ちますが、かのアフガニスタンはいまもイスラム教の国です。

玄奘がバーミアンを通過したころの歴史はいまの中東情勢に直結している。そしていまの北アフリカの政治情勢も背景にイスラム教があること。

世界情勢を学ぶとき、こういった歴史的な転換期について知っておくことが大切だと改めて感じます。




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