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後藤新平と安場保和

 
この記事には登場しませんが、後藤新平が愛知医学校へ月給10円で赴任した最大の理由は、彼が医者になるまでを支えた安場保和の依頼だったからです。当然給料へのこだわりはあったわけで、そのあたりをキチンと書いてほしいと思います。

しかし後藤は名古屋に赴任中、岐阜で暴漢に襲われた板垣退助(板垣死すとも自由は死せず…で有名)の治療にあたることになり、一躍知名度が全国区になります。

たいせつなことは、義理をはたしたことで運がひらけていった、ということなのでしょうが、めぐりめぐって、そういう人間関係をたいせつにするからこそ人脈が形成されていったということだと思います。

なお、安場保和の先祖は、かの大石内蔵助が高輪細川家藩邸で切腹したときの介錯をした安場一平です。

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